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2007年2月22日木曜日

行き成り退去命令?

そういえば昨年の5月頃だったか、マリの住んでいた家が急に取り壊されました(マリ曰くです)。 何度も聞きなおしたのですが、父親が昔から住んでいた家のようで行き成り退去命令が出たらしいのです。彼女だけではなく辺り一帯といったようなニュアンスでした。狭いアパートを家族で借りていると言っていました。一ヶ月位後に母親の実家の方に移ったようです。

仕事も探してはいるようですが

マリは卒業の為に借金をしたようです。日本円で6万位と言っていました。フィリピンにしたら結構な金額ではないでしょうか?
また最近は暑くなってきたそうです。仕事も探してはいるようですが、なかなか直ぐにとはいかないようです。
話を聞いてみると新聞で探すか、自分の足で探すか、口コミで探すか、親類を頼って探すらしいです。マリは面接が嫌いなようです。面接のある所は返事に4日位かかるのでその間我慢しなければならないようです。
私は良く思うのですが、何故お金がなくなる前に仕事を探さないのかと思います。でもタイミングがあるのでしょう。
そうデンマーク行きは3月に行くと言っていたのに8月に延びるかもしれないそうです。
何でですかね?やはりビザ代が無いのでしょうね。

2007年2月17日土曜日

セブに居酒屋風な店

セブに最近日本人経営の居酒屋風な店が出来たですと?
現地のフィリピーナを集めてやっているんだ。ふ~ん。
マリは取り合えず資金調達の為に日雇いで仕事をそこでやっているらしい。
以前そこで一日だけやったことが有り、日本語が多少出来ると言うことで他のスタッフよりも多少金額も良いようだ。始めたばかりと言うこともあり、この店はまだお客も少ないそうである。店を休む回数も多いとか。

2007年2月15日木曜日

2月でナースの学校を卒業です


マリは今年2月でナースの学校を卒業です。
マリはアメリカのグリーンカードを取得するべくナースの学校に行くことを決意したようです。入る時の準備で苦労していたようでした。特に金銭ではありますが。本人曰くセブでは結構良い学校らしいです。
入学当初はやたらと病院の夜勤授業が多かったように思います。そして毎日課題とレポートと試験。教科書が買えないと涙していることもありました。最低限の仕度でがんばっていたようです。食事も水だけの日も何日かありました。学校の合間を縫って日払いの仕事をして食事代にも当てていましたね。
フィリピンの挨拶で「何か食べましたか?」が挨拶みたいになっているくらいですからね。
情景が伺えます。
兄弟とセブシティの近くのアパートを借りて居るようです。
フィリピンは兄弟家族の結束は強い様です。昔を知りませんが母や祖母から聞いていた昔の戦後の日本の親兄弟の絆を私はイメージしてしまいます。それにしても日本と違う所は、この状況は長い気はします。
私にはフィリピン事情は差ほど知っているわけでは有りません。
マリは卒業と同時に病院かカンパニーに所属するのだそうです。
当初はサンフランシスコに行くと言っていましたが、最近ではデンマークに行くと言っています。
そこでVISAが必要になるのです。
私も余裕が有るわけではないので人の心配より自分の心配もしないと。

1月15日からフェスティバル

セブでは1月15日からフェスティバルがあるそうで昨年のマリはあんな所は人が多くて怖いから行かないといました。でも今年はプランがあって母親と多分屋台かテント下だと思いますが場所を借りてドリンクandバーベキューをやると言い出しました。 そこでお金はどうするのかと聞くと借りるというのです。集客の見込みが有る様で場所貸しの人が1日確か日本円で約2万で貸すと言われたらしく大丈夫だというのです。「おいおい大丈夫かよ」と私は言ったのですが自信が有るらしくちゅうちょしません。言ってもしょうがないな。じゃやればと言ってやりました。どう考え今までの環境を聞いてイメージしても振る活動で純利益5千円行くか行かないかだろう?まぁ借金できなければ良いのかな?
そう数日は順調な話で場所のレンタル料は払っていたようなのですが、最終日前トラブルが起こったようです。
マリはトラブルが多いです。
まぁマリに限った事ではないのかも知れませんが私も別のフィリピーナが日本に居ながらトラブルで泣いているのは何度も目撃しています。テレビドラマにでもなっているのか位な勢いのトラブルつづきです。私の分析だと問題やトラブルを持ち越しているのだと思います。
話を戻して、何が遭ったかというといつもどうり営業しているとビールを飲んでいる、お客同士(アメリカ人とフィリピン人)で喧嘩を始めてしまったようで店に有ったバーベキューやビールを蹴散らかされたそうです。警察が来てその場は治まったそうなのですが、警察にビールの販売を止められたのだそうです。そして喧嘩をした本人はお金が無いらしい。彼は見るからに怖そうな人だったらしい。
彼曰くミンダナオの軍隊に居てお金が無いなどと言っていたそうです。
そこで母親はお金は要らないといったようです。
多分その日の売り上げはゼロでしょう。
そこでビールの売り上げに期待してビールを買い込んでいて販売の停止で途方にくれていました。
その日は母親と共に泣いていたことでしょう。
電話口でマリは泣いていました。
ビールが山ほど残ったのは言うまでも有りません。
そこで他でもトラブルは無かったのかと聞くと私の所だけと言っていました。不運なマリだ。

また金借りんの?

また金借りんの??マリは今年2月でナースの学校を卒業です。お金が足りない話は良く聞きますが毎月聞いているとうんざりして来ます。彼女曰く最後の学費及び卒業に当たるお金約六万は自分で払ったらしい。おぉこれは進歩だ。
後は母親の借金にVISA代。
取り合えず母親の借金が気になるらしい。マリのプランでもあったしね。まぁ私からすると家族でお金回しているのだろうから同じようなものだと思うけど。
最近ラッキーでパチンコ連勝していた私は貸すことにしました。
私はあえてマリには貸すという表現を使っています。お金が戻ってくることを多少期待してます。

タレントへの思い


マリはタレントへの希望を捨て切れていないようだ。
「フィリピンパブはあるの?」「フィリピーナのタレントはいるの?」
などたまに質問してくる。
 今多くのフィリピーナは日本からのタレントの要望を待ってプロダクションにお金を払い日々練習をしているようです。お金を持っていないから仕事の為、周りからお金を借りてお金の為にプロダクションにお金を払いマニラでパートを借りてダンスの練習、歌のレッスンをしているフィリピーナが大勢いるそうです。入り口が少ないというのに借金増えるし人を縛る道具にも成りかねない。
当然マリには言って有りますがマリが何処まで理解できるかは私にもまだ解りません。
偏見かもしれないが私はやはりタレント(酒の場で働く)ではなく 何か別の形は無いだろうか?フィリピーナのヘルパー企画など身近なところから聞いたことも有るが、問題も多々ある様です。フィリピーナからすると比較的楽に稼げる生活(ライフ)プランなのかもしれないがフィリピンと日本、国としてみた時の印象が日本人の多くの印象はフィリピン=フィリピンパブ=何かしてる?のように思えてしょうがないのかな?。私は印象などを考えてしまうのは日本人だからですかね?私もまだ何も知らない頃キャバクラはエッチな所と思い込んでいました。キャバクラもキャバレーも一緒だと思っていました。もし日本にフィリピン人の労働力を迎えるにあたって、個々の摩擦を少なく円滑に迎え入れた時、日本全体の産業からすると差別の要因になってしまうような気がする。日本人独特があるからなぁ。ただの気苦労かもしれないけど。ハートの部分はみんな共通していると思うけど。

学校に通うと仕事をしない?

以前彼女から聞いたことがあります。兄弟を含め学校に通っていると仕事はしないそうです。私は疑問です。学校に通う兄弟がみんな学生だったら誰が学費、交通費、食事代を払うのか?日本では当たり前に考えていますが、日本よりは兄弟の存在は多いです。そして働き口が少なく仕事がありません。仕事が有っても、その日食べる位の給金という仕事くらいしかなかなか無いようです。親は当然として後は借金しかありません。借金にも限界はあるでしょう。 昔聞いた事が有るのが中国人、インド人(誰から借金も何処からするか解らない)。マリの話では母親の兄弟関係らしい事は聞いた事が有ります。
なんとなく環境は解っていても、マリには働け、無ければ探せとしか言いようが有りませんでした。

ナース


マリは9月辺りからナースに成ることを決めたらしい。 世界のニーズとしてはヘルパーの需要は有る事は彼女にも3年前くらいにアドバイスをしてありました。でも彼女はお金が無いのにどうやってナースになるのでしょうか?今は手続きをして通っています。この辺のいきさつも経過など思い出したときに都度書きとめます。

収入としてはまぁまぁかな?

レポートに関しての確認はまだ出来ていないが、口答での報告では週1万円位になっているらしい。
サリサリより全然良いでしょう。まぁ平行していくとは思いますが。
マリが次はカラオケを置きたいって?
計画としては夜も継続したいとの事でした。
私としては余りにも目先のことのようにイメージが浮かんでしまうのですがまぁ良いでしょう。この事についてはディスカッションしましたが現地のことは現地でしか解らない事もあると思いました。私としてはもう少し様子を見ることにします。
レストランを始めたのは11月です。クリスマス及び年末年始を迎えるにあたっての彼女のアイデアでした。
12月の収支結果は、まだ聞いていません。

2007年2月14日水曜日

レストラン



しばらくして今度はサリサリの隣のスペースが空いていると言うのでレストランを始めると言ってきました。
まぁ私も以前からレストランの方がまだ収入が有るのではと思い提案はしていました。
そのスペースはサリサリ同様、母親の所有スペース(セブシティからかなり離れた場所ですバスで4時間はかかる所)であるから「レンタル料は掛からない」と言うのです。
店の隣に造るのであれば店番も兼ねる事になるし良いのではないかなとちょっと思いました。
ターゲットはアメリカ人(結構とうる様です)とトライシカルやバスの運転手だと言います。
「じゃやって見れば」と答えました。
 彼女の一番の協力者は母親です。私の知る限りでは、たしかホテルの洗濯の仕事をしていてニーズとしては手洗いらしく朝早くから遅くまで洗濯をしていたらしいです。初めて聞いたときは最中でした。辞めたかったらしい。こうなる前はマニラのレストランで働いていそうで料理には少し詳しいそうです。
ついでに彼女のレストランについて言っておきます。
 彼女に会ったのはフィリピンパブです。彼女からは、セブに帰ったらセブシティに場所を借りてレストランを始めると良く聞いていました。そしてセブに帰ってからスタッフを募ってレストランを始めたらしいのは聞いていました。その後、順調だったのに店のスタッフにお金を持ち逃げされ、その後は残される者の心理と技量、切り替えだけど家賃は払えず仕入れも出来ず信じていたスタッフに裏切られたショックにマリの家族もこの事に触れる事をタブーにしていて、そうとう落ち込んだと当人が申しておりました。
「その時のナイフとスプーンが残っているから使える。」と言われると。。。。
条件は言いましたけど相変わらず滞るんですよね。でも現場(現地)は大変なのかもしれませんね。

2007年2月13日火曜日

レポート

レポートの内容なのですが私から見ると摂って付けたような数字でした。
PRODUCTとITEM LISTそしてTOTAL 。
買い入名と売り上げだけです。仕入れ値、交通費、光熱費が無い。
会話をしているとトータルが利益収入と言っているようだ。
それに寄ると月平均約5000円です。
まぁ儲かるとは思っていなかったけど大変ですよね。
そんなに儲からなく辞める人もいる位なのは知っていました。以前から何人かのフィリピン人に聞いていたので、こんなものなのでしょう。
多分ギリギリだ。
食料が近くに有ると言うだけで安心感は出来たとは思うけど。
でも、何度「仕入れ値、交通費、光熱費が無い」の説明をしても解っているとの答えで話にならない。
小学生並みなレポートが理解に苦しむ。
警戒しているのか?

信憑性、信頼度

サリサリは月にどれ位の収入が有るのだろうかと、レポートを送ってもらう事にしました。
フィリピン人の特性なのか?生活環境のせいなのか?貧困のせいなのか?警戒しているのか?性格なのか?約束したことを、なかなか実行してくれません 。初めてのレポートが来たのが三ヵ月後です。しかもマリが困った時にです。信憑性、信頼度は疑われます。

2007年2月12日月曜日

サリサリ準備

立地条件は元より家があってスペースが有れば出来るらしい。
マニラとセブに住んでいる人、サリサリを始めるのにいくら必要?何そろえるの?と別々に別の場所で面識の無い二人に同じ質問をした所、ほぼ同じ金額の答えが返ってきました。
ふ~ん。
そして始めるのにはライセンスだったかな?申請をしてチェックされてお金を払うそうです。

2007年2月11日日曜日

sarisari

マリはフィリピンのセブでサリサリをはじめました。
そうサリサリは日本で言う雑貨屋。昔(今も有るかも知れない)田舎の方に行くと良く見かけたのですが、町まで遠いのでジュースやお菓子食材など置く雑貨屋です。
フィリピンには結構多くあります。
儲かるとは言えない本当に生活する為の収入しか見込めないでしょう。
解ってはいてもジリ貧から抜け出す為には何かを始めないと始まらないのです。